公的なインキュベーション施設などの状況から見た、シェアするワークスペースの環境変化について

新宿区立高田馬場創業支援センターの指定管理者である有限会社そーほっとの田中健一朗です。高田馬場創業支援センターでは施設長として仕事をしています。弊社では高田馬場創業支援センターの他にも、コワーキングスペースやシェアオフィスの運営や受付業務を業務としています。

この記事は、コワーキングスペース運営者限定アドベントカレンダー Advent Calendar 2017で12月12日(火)に担当されたコワーキングスペースUmidassの秦 博雅さんが書かれた「郊外の住宅街でコワーキングスペース運営の現状と集客の取組み」から引継ぎ、12月13日(水)分として作成しました。

高田馬場創業支援センターのシェアデスク

昨年のアドベントカレンダーでは、『インキュベーション施設やコワーキングスペースなどの「シェアするワークスペース」が持つ創業支援機能について』というタイトルで記事を書いています。

高田馬場創業支援センターは2011年の10月にオープン、弊社が別に管理するCASE Shinjukuは2013年11月のオープンで。それぞれ7年目、5年目に入ってきています。この期間の間に、コワーキングスペース、シェアオフィス、レンタルオフィス、インキュベーション施設などのシェアするワークスペースの業界には色々な変化が起こってきました。業界の方は当然ご存知だと思いますが、

  • 独立系コワーキングスペースの増加と閉店
  • ベンチャーキャピタルが提供するワークスペースの増加
  • リモートワークやテレワークを推奨する雰囲気
  • 大手企業が無料のコワーキングスペースを提供(オープンイノベーションの流行)
  • 米WeWorkの日本進出

などがトピックとして挙げられるかなと思います。個別の話については、長くなるのでここでは割愛させていただき、あまり話題になっていない東京都中小企業振興公社の管理するインキュベーション施設など東京都の動きに関する話題を提供したいと思います。

東京都の公的インキュベーション施設の状況について

東京都では、これまで東京都中小企業振興公社により、創業支援施策の一環として、インキュベーション施設が提供されてきました(別にインキュベーション施設をもつ区市町村はあります)。
インキュベーションオフィス情報(東京都中小企業振興公社HP)

このうち、ベンチャーKANDA、ソーシャルインキュベーションオフィス・SUMIDA(SIOS)、タイム24の3拠点が2017年3月31日をもって、その利用者の募集が終了となっています。具体的な話を聞いたとか、公的な情報で確認をしたわけではないですが、利用者の募集を終了したということは、このまま閉鎖になるのではないかと推察します。

利用者の募集が終了となった3つのインキュベーション施設はいずれも23区内にあり、現在も利用者を募集している施設は荒川区と昭島市に立地します。荒川区にある白鬚西R&Dセンターは、製造業が対象になっている点、昭島市にあるインキュベーションオフィス・TAMAは多摩地域であるという点などから考えると、「東京都は23区内で(通常のオフィスタイプの)インキュベーション施設を直接運営しない」という結論が導きだされたのではないでしょうか。

民間や区市町村が運営するコワーキングスペースやシェアオフィスが増加してきたこと、建物が老朽化してきたことなど様々な理由がありそうですが、シェアするワークスペース業界のひとつの変化として、捉えることもできそうです。

区市町村がこの東京都の流れに追従するという話は、今のところ聞いたことはありませんし、区市町村の施設では近年でも新しい施設がオープンしており、今後も増加する可能性があると思います。いずれにしても、東京都としては、民間や区市町村にインキュベーション施設は任せるという理解で良いのだろうと思います。例えば、23区内の区市町村では、当センターのオープン前後で下記の施設がオープンしています。

東京都はインキュベーション施設の利用者募集を停止する前に、新たに次の施策を講じています。①TOKYO創業ステーションとSTARTUP HUB TOKYOのオープン、②インキュベーション施設運営計画認定事業の2つの事業です。オフィススペースの提供であるインキュベーション施設の運営から、創業相談などのソフト事業と民間や区市町村、金融機関が運営するオフィスをサポートする施策にシフトしていると考えられます。

TOKYO創業ステーション、STARTUP HUB TOKYOとは

TOKYO創業ステーションとは、東京都中小企業振興公社が運営する千代田区丸の内にある創業のことをトータルでサポートするためにつくられた施設です。具体的には、

  • TOKYO起業塾やワンポイントセミナーなどのセミナー事業
  • 事業計画書の作成やブラッシュアップのプランコンサルティング
  • 登記手続き、税務、社会保険労務などの専門相談(税理士、社会保険労務士、司法書士)
  • 融資相談(日本政策金融公庫、東京信用保証協会、東京TYフィナンシャルグループ)
  • 助成金事業の実施

などを行う施設です。

TOKYO創業ステーションと同じ建物の階下には、東京都が運営するSTARTUP HUB TOKYOがあります。STARTUP HUB TOKYOは、無料で利用できるワークスペースやこれから創業を目指す方の役に立つイベント、創業経験者に相談できるコンシェルジュサービスなどがあります。

コワーキングスペースを利用されている方で、これから創業を目指している方などがいらっしゃれば無料で相談できますので、このような施設をご紹介するのもひとつの方法かもしれません。特に税務などは、相性もあるのでセカンドオピニオンを聞くという意味でも活用しがいがありそうです。

インキュベーション施設運営計画認定事業とは

東京都内において、民間事業者等が実施する創業支援(インキュベーション)施設の事業計画のうち一定の基準を満たしたものを東京都が認定する事業です。東京都が認定した事業には、東京都中小企業振興公社から施設運営のレベルアップに必要な整備・改修及び運営に係る経費の一部が補助されます。

具体的には、下記のような経費が対象となっています。

(1)整備・改修費:5,000万円(区市町村の場合:4,000万円)
対象となる経費区分:「工事費」「施工監理費」「建物・施設取得費」「賃 借料」「備品費」「広告費」

(2)運営費:1年ごとに2,000万円(区市町村の場合:1,500万円)
対象となる経費区分:「人件費」「備品費」「賃借料」「建物管理委託 費」「広告費」「専門家報酬」

(3)補助率:3分の2以内 (区市町村の場合:2分の1以内)

民間事業者の場合、補助率は3分の2以内になるので、整備改修費の場合、7,500万円以上支出した場合、最大5,000万円が補助されます。運営費の場合、3,000万円以上支出した場合、最大2,000万円が補助されることとなります。

なお、補助金なので、①先に各種経費の支出を行う必要があるため、その支出に耐えられるだけのキャッシュフローを確保しなくてはいけない点、②申請は毎年6月頃で交付決定は9月末から10月上旬になるので、その間インキュベーション施設として計画している物件を確保しておかなくてはいけない点(申請時に具体的な物件や内装に関わる図面、見積もりなどが必要)などから、申請のハードルは高くなっていますが、条件がはまれば活用しない手はありません。また申請者は、1年以上の創業支援に関する実績が必要となります。

ここでは、紹介しきれませんので、インキュベーション施設運営計画認定事業の詳細については、東京都と東京都中小企業振興公社のホームページをご覧ください。
※来年度内容が変更になる恐れがありますので、必ず事業実施主体のホームページをご確認の上、各自ご判断をお願いします。

2つの東京都の新しい施策の中では、こちらのほうがワークスペースをシェアする業界の方には活用しがいがあるかなと思います。誰でも活用できる訳ではありませんが、情報提供として記載させていただきました。

今後取り組んでいきたいこと、目指す方向性について

ここまで、公的なインキュベーション施設などの話題を中心に、コワーキングスペースなどを含むシェアするワークスペースの私が感じる状況変化について、まとめてきました。

そのような状況を考慮して、弊社では下記のような方向性を目指していきたいと考えています。

① チームとして対応力を向上させる

高田馬場創業支援センターは、営業時間が8時半から24時までで、年末年始(12月29日から翌年1月3日)を除き年中無休の施設となっています。自分一人だけが無限に頑張ったとしても、なんとかなる仕様ではないため、アルバイトスタッフまで含めると10名近い人数で運営しています。

当然ですが、利用者の方は営業時間内であれば、利用することが可能です。その時に現場にいるスタッフが誰であるかということで、これまで対応にばらつきがあったという反省もあり、できるだけ社内の情報共有を密に行うことで、均一な対応ができる体制を目指します。

また、弊社の成り立ちがシェアするワークスペースの受付であったということもありますが、私は利用者の方の情報が一番集まっているのは、毎日顔を合わせる受付のスタッフだと考えています。公的なインキュベーション施設の場合、特定のスタッフだけがインキュベーションマネージャーとして対応していることが多いのですが、その場合、情報が特定の個人へ偏ることが懸念され、相性の問題などが発生した際に対応することができません。全スタッフで対応できる体制をつくることで、事業効果を高めていきたいです。

②新宿区高田馬場という立地を活かした取組み

以前に記事にまとめたのですが、新宿区高田馬場はベンチャーやスタートアップの創業に適している立地だと考えています。そこでは、

  1. 早稲田大学をはじめ教育機関が多く、若くて優秀な人材が多い
  2. 山手線、西武新宿線、地下鉄東西線のターミナル駅で交通アクセスがよい
  3. 小さくて古いテナントビル(雑居ビル)が多い
  4. 安くて賑やかなお店からゆっくり話ができるお店まで、幅広い飲食店が立地
  5. 広いオフィスや大企業が多く立地する新宿駅エリアに近い

と5つのポイントにフォーカスしました。

リモートワークがしやすい環境が整ってきたとはいえ、生活していく上で、自宅と仕事場という物理的な制約のある2つの空間がある以上、地域性は今後も考慮の対象になっていくかと思います。新宿区エリアの特徴を考慮した取組みを行っていきたいです。

③他の会社や他機関との連携

弊社はアルバイトも含めて全体で20名程度の小さな会社ですので、リソースや出来ることには限りがあります。これまでも日本政策金融公庫新宿支店様や地域金融機関の皆様とは連携してきたのですが、それだけにとどまらず、弊社にはないリソースがある他の会社や他機関と協力しあえる関係をつくっていきたいと考えています。

常々「なにをやるか」よりも「誰がやるか」「誰と出会うか」が重要だと考えています。よい出会いを求めるためにも、自分たちのことを過信せず、不遜な自分たち、失礼な自分たちにならないように日々気をつけいきたいです。いつ、どこでどんな出会いが待っているか分からない訳ですから。

最後に

近年ではコワーキングやコワークという単語が出てきたことで、新しい概念が発明されたような雰囲気も感じますが、働く空間を共有し、個々が相互に機能しあう空間や働き方は、歴史上もかなり以前からあった文化だと理解しています。その観点で言うと、その時代時代で空間を構成する物質的な要素が変化したり、同じ機能でも表現される単語が変遷してきたということではないでしょうか。

今後、外部環境の変化がますます激しくなってくる中で、インキュベーション施設、コワーキングスペース、シェアオフィス、レンタルオフィスなどの類似するそれぞれの単語の意味や使われ方がどのように変化していくのかは、未知数ですが「働く空間を共有し、個々が相互に機能しあう空間や機能」を運営する者として、その空間や機能をより高水準なものにして、利用者の方に役に立てることをひとつでも増やしていきたいです。

長くなりましたが、最後までお読みいただき、ありがとうございました。