インキュベーション施設やコワーキングスペースなどの「シェアするワークスペース」が持つ創業支援機能について


新宿区立高田馬場創業支援センターで施設長をしています田中健一朗と申します。「コワーキングスペース運営者限定アドベントカレンダー Advent Calendar 2016」の10日目の投稿として茅場町にあるコワーキングスペース茅場町 Co-Edoの小林さんから引き継ぎ、記事を書かせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

ちなみに、見た目なのかキャラなのかよくわからないのですが、頻繁に公務員なの?と誤解されることが多いのですが、新宿区の指定管理者である民間事業者です。新宿区から高田馬場創業支援センターの管理運営をおまかせいただき、仕事をしています。

自己紹介


1980年生まれ、京都市出身。これまでの経歴ですが、大学でロボット工学を専攻していたのですが、馴染めず2000年頃の資格取得ブームに乗っかり、卒業後公認会計士を目指して勉強していました。しかし、あえなく挫折。

25歳くらいから京都の美術大学のデザイン系学科でアルバイトをして20代後半戦を過ごしました。この美大での仕事は学生が使えるハイスペックなMacや大型インクジェットプリンタが設置されている共有の作業スペース(マルチメディア工房と呼ばれていました)の管理で、今思うと「シェアするワークスペース」での業務経験はここからスタートしていました。IllustratorやPhotoshop、Webの基礎的な知識、動画編集ソフトなどの扱い方はこの時期に習得できたので、大変いい経験を積むことができました。

その後、中小企業診断士の資格を取得し、京都で小さな自治体の商店街活性化イベントの立ち上げに関わらせていただいた後に、そのご縁で東京の中小企業診断士事務所に就職、29歳で京都から東京へ出てきました。ここでは公的な調査案件やセミナー講師のほか、「たいやき屋」の立ち上げを任され、「小さなお店をゼロからつくる」という経験をしました。その後、転職して現在の高田馬場創業支援センターで仕事をしています。

私たちの施設は、所謂コワーキングスペースではありません。新宿区が区内産業の活性化を目的に、2011年10月に設置したインキュベーション施設です。ただ、フリーアドレスのデスクが10席と個室が2席、共有の会議室から成る非常にコンパクトな施設であること、弊社が別に運営させていただいている施設がコワーキングスペースであることなどから、インキュベーション施設とコワーキングスペースには色々と共通することが多いと日々感じています。

また、コワーキングスペースが持つ機能として、「創業支援」というキーワードを最近よく耳にするようになったと感じています。というわけで、「シェアするワークスペースが持つ創業支援機能」をテーマに投稿させていただきます。

創業支援に該当しそうなこと

まずは創業支援って具体的に何なんだろ?ということから。創業支援という仕事に関わり、早5年くらいになるのですが、常々何が創業支援なのか考えてきました。今のところ、下記のようなことが創業支援に該当するのではないかと考えています。

(1)ハードに関すること

まずはハードのことから。

①作業する場所があるということ

シェアするワークスペースがあるということは、事業をはじめる方にとって、非常に役に立つと思っています。コワーキングスペースに最小限必要なものは、電源とWi-Fiとウォーターサーバーと聞いたことがありますが、机と椅子がこれに加わればパソコンで仕事が完結する業種であれば、仕事場としては十分です。

もちろん自宅でも仕事はできますが、生活と仕事の境界線が曖昧になりがちで、よほど強靭な精神の持ち主でなければダラダラしてしまうことが多くなるでしょう。毎日出社する場所があって、そこで出会った人と挨拶をする。それだけでも仕事のリズムを作ることができます。

②設備が用意されているということ

また仕事をするために必要な、プリンタ、インターネット環境、デスク、チェアなどを一人で用意すると案外コストがかかってしまうものです。創業するときには、できるだけ無駄なお金をかけないスモールスタートが理想です。より高価な機器、例えば複合機や3Dプリンタなどは一人で用意しようと思うとそれは大変なことですし、実際のところ持て余すことも多くありません。これらの設備が運営者によって用意されていることは、創業する方のサポート機能を果たしていることになると思います。

③登記・住所利用ができるということ

賃貸マンションの多くや、分譲マンションであっても管理組合の規約により、法人の登記住所として使えないケースがあるようです。事務所物件を高い保証金などを払って借りなくても、「シェアするワークスペース」の多くは安価に登記住所として使えるサービスを提供しています。また登記や住所利用にともなう、郵便物の受取サービスなども実は利便性が高いです。常に自分が事務所にいるわけではなく、スムーズに荷物の受取ができないことが事業のスピード感を失速させると懸念されるかと思います。

登記するだけなら、バーチャルオフィスという選択肢もあります。仕事がら金融機関の方と話をすることが多いわけですが、バーチャルオフィスを登記住所にしていると銀行口座の開設ができなかったり、融資をしてもらえないケースがあるようです。事業をする上で、考えられるマイナス要素はできるだけ排除したほうがいいので、よほどの理由がない限りは実態としてのワークスペースがあるところを選択したほうが無難でしょう。

登記住所をサービスとして提供することは、その住所の信用を利用者に提供していることでもあり、事業者側に一定のリスクが伴います。トラブルになると結構面倒な話になるので、利用規約を整備したり、利用者を審査するなど慎重に対応されているところが多いように思います。

【まとめ】

・仕事をする場所を整備し提供することで、創業する人の役に立つ機能がある。
・運営者がスペースの費用(家賃、保証料など)や設備の支払いを行い、複数の利用者が利用料金を支払うことで成立する関係性があり、ある種のギルドのようになっている。
・住所利用については、トラブルの原因になる可能性があるが、みんなでちゃんとやっていれば問題ない。

(2)ソフトに関すること

次にソフト面です。ソフト面はスペースによって取り組みが別れるポイントかと思いますが、下記のようなことがあるのではないかと思います。

①事業をしていく上で有益な情報が共有されている

シェアするワークスペースを運営していると、様々な情報が外部から運営者のもとに集まってきます。それらを利用者に共有することで、利用者が自宅で仕事をしていたら知り得なかった情報に触れることがでます。もちろん、運営者からの一方的な情報提供ではなく、利用者から運営者、利用者間でもそのような情報交換がなされているスペースが多いのではないでしょうか。

「こんなセミナーがあるらしいよ」「最近出た新しいWebサービス使った?」「こんな便利なツールがあるらしい」、などなどです。

また創業すると、あらゆる業種にとって共通して必要な情報もあります。会社のつくり方、ハンコの作り方、どれが代表者印でそれが銀行印なのか、契約書に貼る印紙はいくらのものなのか、確定申告(青色、白色)などなどです。これらは知っていれば何てことないことですが、知らなければ不利益を被ることも。これらも、シェアするワークスペースであれば、運営者や隣で仕事をしている人に聞いて、その場で解決したり、解決の糸口をつかむことができます。円滑な人間関係をつくるための交流会も大切です。

②個別の利用者との関係性が必要な事項

ここからは一対一の関係性がある程度必要になってきますが、事業計画書作成のサポートや補助金獲得のサポートを提供しているスペースもあるかと思います。外部の公的支援機関や士業の方と連携をし、税務、労務、法務などの相談会を実施するケースも考えられます。

またある利用者の事業を紹介するなどの情報発信などもこのカテゴリに入るかと思います。利用者個人ではリーチできない人に対しても、運営者や他の利用者が情報発信することで、自分のことを知ってもらう機会が増えるイメージです。あのスペースを使ってる方ですよね、という出会い方を私も何度もしたことがあります。

紹介というキーワードでいうと、誰かに誰かを紹介することもあります。「こんなことできる人いませんか」「ホームページつくってくれる人を紹介してほしい」などなどです。ただ、この人を紹介するということは、案外難しいことだと思っています。求めているスキルがあったとしても、パーソナリティが合わなかった、紹介したことでトラブルになってしまった、事業ステージが違って金額面で折り合いがつかない、などなど一筋縄でいかないことがしばしばです。私たちの施設でも、ここは慎重に取り扱うようにしています。

③運営者が利用者に仕事を発注する、共同事業を展開する

特定の業種に特化したようなスペースや一定規模以上の会社が運営するスペースであれば、利用者に対して仕事の発注がなされるケースもあります。運営者にとっては、発注先が近くにいるのでコミュニケーションが取りやすいメリットも。創業時に売上が確保できるので、利用者にとって大変メリットのあることだと思います。

また運営者と利用者が一緒にビジネスに取り組むパターンもあるようです。それぞれの得意分野を持ち寄り、場を通じた出会いで新しい事業が立ち上がる。簡単なことではありませんが、そんなことが実現すると素晴らしいですね。

あとはメンタリングなどにより、事業を加速させるサポートをしているスペースもあります。ベンチャーキャピタルなどが運営しているスペースに多いようです。様々な過去の経験やこれまでの出資先などの動向などから、そのようなことが可能になるのかなという印象です。

【まとめ】

・シェアするワークスペースでは様々な情報が共有、提供される傾向にあり、自分だけでは知りえないことも知ることができる可能性がある。
・個別的に対応が必要なソフトメニューを提供しているスペースもある。
・仕事を発注する、共同事業を展開する、メンタリングなどまで踏み込んで実施しているスペースもある。

(3)資金調達などに関すること

最後に「資金調達」に関することです。
事業を進める上で、資金調達をする、しないという判断は業種、運営者や利用者の考えにもよるところが大きいかなと思います。良し悪しは個別的な話になると思いますので、ここでは触れずにおきます。

①チラシやパンフレット配布などによる情報提供

昨今の創業支援ブームもあり、創業者への融資制度は充実の傾向にあります。各種金融機関や自治体が取り扱う制度融資などのパンフレットを配架して、情報提供をしているスペースは多いのではないでしょうか。東京都下で創業する場合、①日本政策金融公庫、②東京都信用保証協会の保証付き融資(制度融資)、③女性若者シニア創業サポート事業の3つが創業時の定番となっています。

私たちの施設は公的な機関ということもあり、このあたりの情報は厚めで、パンフレットも常時配架しています。民間のコワーキングスペースでも金融機関と連携し、融資の相談会を実施されているところもあるようです。

②金融機関への紹介や事業計画書の作成サポート

融資を受ける際に、連携している金融機関に利用者を紹介したり、融資申し込みの際の事業計画書の作成サポートなどを行う取り組みです。国が定める経営革新等認定支援機関に登録されている運営者や公的機関が設置したスペースなどであれば、このあたりの取り組みは定番ではないでしょうか。

③利用者に対して出資する

出資による資金調達に取り組んでいるスペースもあるようです。主にベンチャーキャピタルが運営するワークスペースであったり、起業家支援を看板にしている民間のスペースに多いような印象です。出資した会社を利用者にしていることのほうが、多いかもしれませんね。公的機関で出資までするという事例は、少ないように思います。創業支援という文脈とは少し違うかもしれませんが、資金調達や出資に伴うリソース提供などがありそうなので、広い意味での創業支援としてここに含めておきました。かなり深い関わり方になるかと思います。

【まとめ】

・融資のパンフレットなどが目に付くだけでも、事業の選択肢が増える(借りる借りないは別)
・公的機関が多い傾向にはあるが、金融機関への紹介など突っ込んでやっているスペースもある
・利用者に対して出資する踏み込んだスペースもある

該当しそうな事項を表にまとめました

以上、簡単ではありますが、「創業支援」に該当しそうなことを整理して表にしてみました。

創業支援の関わり

これら全てを実践しているコワーキングスペース、インキュベーション施設は、恐らく無いと思います。創業支援を目的とした施設もあれば、結果的に創業支援機能を担っている施設もある中で、これはやってるけど、これはやっていないという状況だと思います。もちろん、上記の表は機能を一覧にしただけで、どれに取り組んでいるから素晴らしい、やっていないから駄目だという類のものではありません。私たちのスペースもこの中の一部しかできていないし、少しづつ出来ることを増やしていってる状況です。

日本政策金融公庫 新宿支店 融資第二課長の金丸氏とはじめてトークセッションを実施。 

最後に

創業支援を目的につくられる「シェアするワークスペース」であるインキュベーション施設、一昔前までは行政や公的機関がつくった施設が多かったのですが、この4,5年でコワーキングスペースやシェアオフィスが物凄い勢いで増えてきました。目的や目指す方向性に違いはあっても、「創業支援」においては、結果的に似た機能を果たしているかと思います。

なにより、ビジネスの細分化と高度化が進む中で、いわゆる専門家と呼ばれる支援業種の人だけでは出来ることが限られる状況になってきている中で、実際になんだかのビジネスに取り組んできた方が設置されたコワーキングスペースをはじめとする「シェアするワークスペース」には運営者の特徴がはっきりと出ており、日々刺激を受けています。

すでにある種のインフラになったとすら思う「シェアするワークスペース」、創業支援だけにとどまらず、この可能性を追求していくこと、私たちも今日できなかったことを明日以降にできるように事業に取り組み、利用者の方と相互に刺激を与えあえるように頑張っていきたいと思います!

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。明日の「コワーキングスペース運営者限定アドベントカレンダー Advent Calendar 2016」は、千葉コワーキングスペース201の佐々木亜紀さんです!よろしくお願いいたします!!