新宿区立高田馬場創業支援センターは2024年8月~9月にかけて、産業競争力強化法に基づく特定創業支援等事業の創業セミナー「Practice Fields(プラクティス・フィールズ)」(全4回)を開催しました。
創業セミナー「Practice Fields」では創業を目指す方に、創業に対してより具体的なイメージを持っていただくとの趣旨のもと、実務経験が豊富な創業者などをゲストにお招きし、「具体的な経験談」「苦労したこと」「失敗したこと」など他所では聞けない話題を提供します。
今回は8月31日に行った第1回の様子をお届けします。ゲストはPestalozzi Technology代表取締役の井上友綱さんです。
トークセッション コーディネータ:有限会社そーほっと 代表取締役 森下ことみ
第1回ゲスト:Pestalozzi Technology 井上 友綱氏
高校時代からアメリカンフットボール(ポジション:QB)を始め、早稲田大学卒業後NFL(ナショナル・ フットボール・リーグ)に挑戦するため単身渡米。 2009年に室内プロリーグAFL(アリーナ・フットボール・リーグ)で1シーズン過ごし、先発4試合を含む合計7試合に出場。 約5年間のNFL挑戦を終え日本に帰国。
2014年4月、株式会社THE CAMPを創業。2015年9月、メディカルフィットネスラボラトリー株式会社に会社を売却。 売却後に取締役最高執行責任者に就任。 2016年1月、株式会社XiborgでExecutive Officerを務める。2018年7月、株式会社Deportare PartnersでExecutive Directorを務める。 2019年3月、株式会社Xiborgならびに株式会社Deportare Partnersを退職。
2019年7月、Pestalozzi Technology株式会社を創業。
Pestalozzi Technology株式会社のWebサイト
開催日:第1回 8/31(土) 15:00〜16:30
Q1 創業の理由・動機
― 最初に現在の事業について教えてください。
井上友綱氏(以下、井上氏):「運動データを価値あるものに」をパーパスに2019年7月、Pestalozzi Technology(ペスタロッチテクノロジー)を創業しました。現在は体力テストデジタル集計システム「ALPHA」を提供しています。
日本で生まれ育った方は小学校・中学校・高校で50メートル走のタイムや握力を計ったりする体力テストをやったことがあると思います。私たちはその体力テストのデジタル化に特化しています。運動データから将来の疾病リスクや運動機能障害の予測、メンタルヘルスの不調などがわかるようになってきていますが、これまで体力テストは紙でアナログなデータでずっと貯められてきました。それを有効活用しようというものです。まずはデジタル化をして、このビッグデータを分析して、そこにサービスを掛け合わせてユーザーの方々に提供しています。
私たちは小学校1年生から高校3年生向けにサービスを提供しています。今は生徒1人に1台のパソコン・タブレット端末が整備されているので、Webアプリケーションで体力テストの結果を入力してもらいます。
契約先は教育委員会や学校で、2024年度は約160万人のユーザーがいます。一番大きい契約先は東京都で、都内全ての公立小中学校、都立学校にはALPHAが導入されています。
― 井上さんはアメリカンフットボールをやってきたとのことで、この経験も創業にとって大事だったと思います。
井上氏:高校と大学でアメリカンフットボールをしていて、大学卒業後はNFLのプロ選手になりたいと思い、5年ほどアメリカでチャレンジをしました。アメリカに住みながら入団テストを受けたり、トレーニングをしたりという生活をしていました。
会社の創業は2社目です。アメリカから戻ってきて1社目を創業しました。その時は元陸上選手の為末大さんと一緒に創業して、1年ぐらいでヘルスケアの会社に売却しました。その後、パラリンピアンが履くスポーツ義足を開発しているベンチャー企業で働いた後に、現在の会社を創業しました。
参加者の皆さんはすでに創業された方やこれから創業される方で、何かしらの課題ややりたいことがあって、そこに対して一歩を踏み出している方々だと思います。私の場合は最初のチャレンジは、創業ではなくて、大学を卒業してアメリカンフットボールでプロ選手になるということでした。
― 現在の会社を起業するきっかけは何だったのでしょうか。
井上氏:NFLの入団テストでスポーツテストを受けていたのですが、アメリカではスポーツテストの結果をアプリに入れると、全米の高校生や大学生のランキングがわかるようになっています。これを日本でもやれたら面白いんじゃないかっていうことが、ずっと頭の中に残っていました。
1社目を売却した後、しばらくは自分が主導ではなく、誰かが何かしたいことのお手伝いをしていました。ただ当時、もう一回自分で何かを成し遂げたいという思いを持っていて、創業することにしました。
― 井上さんはプログラミングや開発の経験はないですよね。それなのにこの事業ができると思ったのはどうしてですか。
井上氏:逆に「なぜ、できないと思うのか?」と思ってしまいます。話は戻りますが、NFLって、まだ日本人選手が誕生していないんですよ。私のチャレンジは日本人がまだ誰も成し遂げていないことでした。そういう経験をしているからだと思いますが、「できないとは思わなかったのか」という質問に対しては、プログラミングや開発の経験がないからって、なぜできないことになってしまうんだろうと考えてしまいます。
もちろん世の中に何もないものだと、さすがに難しいと思います。今だと例えば宇宙にエレベーターで行こうとしていますけど、これには私もチャレンジできないと思います。でも世の中にモバイルアプリケーションはたくさんありますし、アメリカのスポーツテストのランキングを作るようなシステムもざっくりとは理解できていたので、専門性のある人に作ってもらうイメージができました。
Q2 チームについて
― 創業時のチーム編成はどのような形だったんですか。
井上氏:私と開発者、営業担当の3人で会社を始めました。開発者との出会いは1社目を売却した先の会社にいたエンジニアで、仲も良かったので一緒にやらないかという感じで呼びかけました。営業担当は、ずっと営業をやっていた大学のアメフト部の後輩がいたので声を掛けました。
でも、営業担当の人は創業2年ぐらいで会社を離れることになりました。元々証券会社のトップセールスで、できあがっている物を売ることに強い営業力を持っているんですよ。でも当時、私たちに必要だったのは「このプロダクトはこういうことができるんですよ」とか「困っていることないですか」とか「これをアップデートして作ってきますよ」みたいな営業スタイルだったんです。これは良し悪しじゃなくて、私たちのスタイルと合うか合わないかなんですが。本人もこれまでの営業スタイルと違うことをする中で家族も養わない状況もあり、もっと自分の得意なところを伸ばせる会社で働きたいということで退職することになりました。
― 現在は47市町村、7都道府県と契約していて、従業員も30人ほどいらっしゃるとのことですが、チームマネジメントはどうされているのですか。
井上氏:昨年1月に執行役員の方にジョインしてもらい、組織の体系化を進めていますが、まだまだマネジメント層が足りていない状況です。
創業してしばらくは、開発の人がプロダクトを開発して、営業がそれを売っていきましょうという感じでした。猫の手も借りたいぐらいに忙しかったので、特に営業のプレーヤー層を増やしてきました。
そうなってくると、人によって営業の質に差が生まれて、会社としてのクオリティを担保しきれなくなってきました。今までは私が1人でマネジメントしてきたのですが、人数が増えてきて見切れなくなってきました。それで今執行役員を務めてくれているメンバーを採用して、組織を体系的に作ろうとしています。けれども、まだまだマネジメント層が足りない状況です。
参加者:一緒にやってきたメンバーからマネジメントに起用する選択肢もあったと思うのですが、そうしなかった理由はなにかありますか?
井上氏:会社の成長がメンバーの成長よりも早かったのが大きな理由です。もちろん、創業当時ぐらいからいるメンバーにも成長してもらいたいという思いはあります。ただ会社の成長を考えると、それを待てなかったので、外からマネジメント経験豊富な方を採用しました。
結果的にとても良かったと思っています。採用した方はずっとスタートアップにいた方で、外から呼ばれた感じではなくて、本当にフルコミットしてもらっています。私よりも年上ですが、若いメンバーとも昼食や飲みに行っていて、本当に組織作りに長けている方です。
外部から採用すると、やっぱりそれなりのお金がかかります。ただご本人もバスケットボールをやってきた方で、自分のこれまでの経験を生かしてスポーツやスタートアップをなんとかしたい思いもあり、むしろこんなに経験がある方に最低限の報酬では失礼だと思い、しっかりと報酬をお支払いしています。
Q3 事業の展開・転機
― 以前はCoachXというオンラインコーチングのサービスも展開されていましたよね。
井上氏:2019年7月に創業して、体力テストのデジタル集計をやろうと、2020年1月ぐらいまでアプリケーションの開発をしていました。その後2020年2月頃からコロナ禍で雲行きが怪しくなってきました。体力テストは1学期にやるものなんです。それをやらないとなるとまた1年間待たないといけなくなる。でも色んなものがオンラインに移行していくだろうと感じ、部活動の中でのコミュニケーションがデジタル化したアプリを作ろうと思ったのが2020年3月頃ですね。ALPHAの開発は一時中断して、リソースをCoachXに振りました。
― この時期は2つの事業の柱があったのですね。
井上氏:厳密に言うと「ALPHA」は中断みたいな感じですね。
― その後また「ALPHA」に注力されることになるわけですね。
井上氏:2020年夏頃からは徐々に学校も再開してきて、2021年に向けて準備しないといけなくなったんですが、プロダクトがない中で営業に行っていました。教育委員会では体力テストの集計作業の業務時間が長くて大変なんですよ。都道府県の教育委員会へ、こういうのを作れるんですけど、興味ないですかみたいな形で営業していました。
一つ、私たちに追い風になったのは、生徒1人1台パソコン・タブレット端末を整備するGIGAスクール構想が2021年までに100%行われたことです。通信インフラとハードウエアが整備されて、いつでもソフトを載せられる状況になったので、紙だったものをデジタル化しようというのはセールスとして刺さっていったっていうのが大きいですね。
参加者:自分もヨガのレッスンサービスとプロダクトを開発しているのですが、プロダクトが未完成の中でどうやって顧客にアプローチしていくのがいいのか悩んでいます。先ほどは創業メンバーの営業の方は相性が良くなくて辞めたとのことでしたが、その後、営業の戦略やアプローチはどうされましたか。
井上氏:創業してすぐに営業を2人採用しました。そのうちの1人は教員免許を持っていて、先生とどういう話をしたら理解してもらいやすいとか、先生はこういう所に困っているとか、要は業界内のコミュニケーションを知っている人です。ですので、ストーリーをしっかり立てて「こういうことができる」とお伝えするために、事業に詳しい人や事業に関連する分野の営業経験のある人がいると良いと思います。提案書レベルでも良いと思うのですが、ベータ版があれば導入後の世界観がわかって自分事としてイメージしてもらいやすいと思います。
参加者:イメージが伝わりやすいものを用意すると良い?
井上氏:それを伝える人がちゃんと事業について理解していることが大事だと思います。
― 営業していたとはいえ、学校が休校になり、体力テストがそもそもないような中で、お金ばっかり出ていく。その時不安などは感じませんでしたか。
井上氏:当時は、コロナ関連の融資がたくさんありましたよね。条件が非常に良くて、我々も2つか3つ借りられたので、体力的には良かったですね。
― 教育委員会や学校は営業先としては敷居が高いというか、門が閉ざされているイメージもありますが、どうでしたか。
井上氏:みなさんに結構言われるんですが、実は全然敷居は高くはないです。経験がないからこそできたことかもしれませんけど、普通に電話してアポを取り、訪問して提案してみたいな感じですね。企業よりも行きやすいのではないかと思っています。
― やはり東京都と契約できたことは大きかったですか。
井上氏:売上的に大きかったのと、これまで自分たちから営業していたのですが、他の自治体の方や関係者からの問い合わせが増えました。東京都が体力テストをデジタル化したことを見聞きしたんだと思います。
Q4 資金調達
― 創業時の資金調達はどうされましたか。
井上氏:創業したタイミングではメンバーの3人でお金を出し合いました。さまざまな事業体がありますが、僕らが考えていたのは、外部から資金調達をして一気に速度感を持って成長していくスタートアップモデルです。創業する前から近い人でかつある程度成功されている方に、こういうことをやろうと思っているという話をしました。その時は出資の話まではできていなかったのですが。
創業して1カ月ぐらいたった時に、4人の方にお金を出していただきエクイティで1,500万円調達しました。最近仲良くなった方などではなくて、10年ぐらい前から知っている方々です。
スタートアップは最終的には上場かM&Aを目指すのですが、どんどん外部に株式を渡して資金調達していくと、自分たちのリターンは少なくなっていきます。私も身を削って頑張っているので、株式での出資だけに頼るのではなく、日本政策金融公庫の創業融資で1,000万円の借入れもしました。
参加者:最初のエンジェル投資の際に、バリュエーションはどうやって決めましたか。
井上氏:私が最初に付けた会社のバリュエーションは1.5億円ぐらいでした。そのロジックは何かというとその時は全くなくて。もっとステージが上がってくると、投資家から「根拠は何ですか?」とういうことになるのですが、旧知の関係で「それでいいよ」って言って出資してくれる方々だったので、そこまで精緻な算出はしなかったですね。
― 最初の出資は信頼のできる知人だった。
井上氏:私の場合はそうでしたね。投資家の中には吹っ掛けてくる人もいるんですよ。例えば1,500万円欲しいというと、「5,000万円渡すから株の80%ください」って言われるとか。その辺の知識や経験はある程度必要かなと思います。
参加者:最初にエンジェル投資を受ける時には、どういう情報を整理して話していくといいですか。
井上氏:投資家にプレとポストのバリュエーションは幾らですかと必ず聞かれます。つまり資金調達前と後の時価総額ですね。例えばプレが1.5億、ポストが1.6億とすると、1,000万円調達したいと分かる。そこから株価や株式保有率の話をして出資が決まります。
こういうことが書かれている「起業のファイナンス」(日本実業出版社、磯崎哲也著)という本があり、この本の内容に沿って最初の資金調達を行いました。
― 2023年5月には1.4億円を調達した。
井上氏:最初に1,500万円調達して、2、3回目もエンジェル投資家から2,100万円ずつ調達しました。2023年5月の資金調達は、東京都の案件が取れて、他の自治体でも営業を加速していきたかったので、人やプロダクトへ投資をするためです。東京都の案件が決まって実績や売上も成長して、バリュエーションをそれに合わせて高くできたタイミングでもありました。
― 資金調達のポイントはありますか。
井上氏:融資を受ける際などに事業計画書って書きますよね。厳密に言うと、融資を受ける際も、出資を受ける際も事業計画書の書き方って一緒じゃなきゃいけないんですけど、考え方は分けた方がいいですね。
金融機関の人たちはお金を貸してくれるので「ちゃんと返せるんですか」という目線。投資家はそんなことは気にしなくて、「どうやってユーザー数が伸びていくんですか」とか、「データはどうやって活用するんですか」とか、そんな感じで視点が全く異なります。
融資を受けるにあたっての事業計画はどれだけ着実に売上が伸ばせるかが大事だと思っています。私たちはスタートアップのように一気に成長しますっていう風ではなくて、ちゃんと売上が上がっていくということを示せたので、トータルで融資は7,000万円受けられました。スタートアップモデルでそんなに融資を受けられるというのは、多くはないと思います。
― こんなに短期間でこれだけの融資を受けられことはほとんどないですね。融資制度の融資枠もあくまで枠なので、実際にその金額を借りられるかは別の問題です。
Q5 今後の展開
― 今後の展望について教えてください。
井上氏:私たちのパーパスは「運動データを価値あるものに」です。仮に100歳まで生きるとしたら、今、私たちがカバーできているところは6~18歳のところで、本当に狭い年齢層です。企業向けに社会人の方の運動データを取得するサービスも始めたところです。
一つ補足すると私たちが運動データと呼んでいるは、体力テストや身長・体重のフィジカルのデータだけではありません。睡眠時間や運動時間などの習慣についてもアンケートを取っています。学校によっては学力も取っていて、それらを統合して運動データと呼んでいます。
私たちがメインでやりたいのは、取った運動データをビッグデータとしてどんどん利活用していくビジネスです。スポーツ界の目線だと、タレント発掘ができるようになります。例えばサッカー協会の発掘事業だとサッカーをやっている人だけにアプローチしますが、私たちは約220万人の運動データを持っているので、他のスポーツをやっている人にもアプローチすることができるようになるわけです。
本年度から始まった事業の一つとして製薬会社と組んでビッグデータの利活用をやるなど、メディカルやヘルスケアの領域にも取り組んでいます。今後はビッグデータの利活用の事業が大きくなっていく予定です。
―本日は貴重なお話ありがとうございました!